<11>松江の和菓子(島根)

 「茶の湯文化」根付く

 京都、金沢と並ぶ「茶どころ」として知られる松江市。茶会が頻繁に開かれ、コーヒーを飲む感覚で抹茶を楽しむ家庭があるほど、市民の生活に「茶の湯文化」が根付いている。茶には和菓子が必需品。市内では数多くの和菓子が作られる。お茶の街は「菓子どころ」でもある。

 背景には、茶道の研究や茶道具の収集に熱心で「大名茶人」と称された、松江松平藩7代藩主・松平治郷(はるさと)(号・不昧(ふまい)、1751~1818年)の存在がある。

細かな手作業で生菓子を成形する職人たち。「菓子どころ・松江」の伝統を支える=松江市八束町波入、彩雲堂本社工場
 独自の美意識を持ち、茶道具や和菓子などを手掛ける職人を育成。不昧が好んだとされる和菓子「若草」「山川」「菜種の里」は、地元和菓子店が復刻し、今では松江の三大銘菓として愛されている。

 ふっくらとした求肥(ぎゅうひ)に薄緑色の寒梅粉を付けた若草を販売する和菓子店「彩雲堂」(松江市天神町)の山口周平社長(43)は「菓子は小ぶりで、価格は手頃。色使いはやさしい」と特徴を語る。自宅で気軽に食べる人が多く、飽きないように生菓子のデザインを頻繁に変えたり、買い求めやすい価格にしたりと工夫を凝らしている。

 不昧が亡くなって、今年は200年の節目。「不昧公200年祭」と題した記念行事が島根県内で開かれており、多くの観光客が訪れている。この機に松江の和菓子を広くPRしようと、市内の和菓子店7社がそれぞれオリジナルの生菓子を創作し、「不昧菓」の総称を付けた。

不昧に関するエピソードにちなんで作られた秋冬用の「不昧菓」
 いずれも茶会の記録や逸話などをヒントに、各社が考案。制作委員会事務局の山口社長は「不昧の人柄や時代の息づかい、物語が感じられるお菓子にしようと、楽しみながら考えた」と振り返る。4月から販売され、東京都内のイベントでは1日に1千個売るなど人気を集めた。

 茶の湯だけが不昧の功績ではない。薬用ニンジンの栽培やたたら製鉄、木綿製品など産業振興に尽力し、これらは物流の要だった北前船で東北や北陸地方などへ運ばれて利益を生み、藩の財政再建に結び付いた。

 記念菓子を作るため、不昧の生涯をたどった山口社長は、この事実に改めて着目した。北前船の行き来を通じ、繁栄した日本海エリア。当時のにぎわいを感じる場所は各地に残る。「今こそ(観光などで)連携すれば面白い。没後200年の節目を機に交流を深めたい」と期待を寄せる。(山陰中央新報社)

<メ モ>

 不昧公200年祭 松江松平藩7代藩主・松平治郷(号・不昧)の没後200年を記念し、松江市内を中心に行われている年間イベント。船内で乗客が茶をたてられる「茶の湯堀川遊覧船」を周航するほか、創作料理、茶道具の販売などが行われている。

2018年10月18日 無断転載禁止