続・ペンと父(7) 突然の父子生活(2)

見え方が変わった家庭と仕事

 「なんか、変わったね」

 父子生活になってしばらく経過したある日、ふと入院中の妻に呼び止められた。病院を後にする前、いそいそと手洗いに向かう記者の姿を見ての一言だった。

 娘と2人だと自分だけが手洗いに行くのも結構大変だ。妻が娘を見ているうちに…という気持ちが見破られていた。「やっぱり、そんな気持ちになるでしょ?」と言わんばかりに妻は得意げで、そしてうれしそうだった。

 確かに行動や発想が変わったような気がする。自分にとって病院での面会時間は、階段の踊り場のように呼吸を整える機会だった。「できることをやってしまおう」と、妻子を再会させるとその足で近くのスーパーへ直行。総菜や朝食の買い出し、仕事の積み残しを処理した。

 自宅で娘を寝かしつけた後は未処理の家事に向かう格好の機会と思えるようになった。妻が常日頃、呪文のように「眠い眠い」と言いつつ、いざ娘が寝ても休もうとしない理由がようやく分かった。妻を思って「今のうち寝ーだわね」と言った私の言葉は、決して妻を楽な気持ちにはさせていなかったのだ。

 一方、2カ月間の父子生活の後半は仕事の繁忙期だった。当時は2019年参院選の直前で、記者は島根県政担当。選挙は政治記者にとって一番の勝負どころだ。周囲の助力を受け、仕事に傾注させてもらった。

 手が回らない日は義父母に保育所のお迎えや夕食、お風呂入れまで甘えた。土日は50キロ以上離れた記者の実家に娘を託し、取材現場へ向かった。同僚は仕事の負担を軽減してくれ、先輩宅で娘を預かってもらった日もある。実家近くの保育所の一時保育、病院での家族向け夕食提供など官民の支援体制にも救われた。

 選挙戦では時に子育て政策も論じられる。それを取材するのにわが子にさみしい思いをさせ、周囲の助けで得られた時間を費やす。夜、預けた先ですやすやと眠る娘を引き取り、自宅へ帰るとき、仕事に専念できる環境が実は当たり前ではないことが骨身に染みた。

2020年9月12日 無断転載禁止